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2008.08.31 (Sun)

クロイツェル教本とドッペル

3週間前から、新しいバイオリン教本が加わった。あの有名なクロイツェル教本だ。大人組(大人になってから始めた、の意)はレッスン仲間とすれ違う機会がないから、皆がどんな教本をやっているのか解らないが、クロイツェル教本の存在は何となく知っていた。それくらい有名な教本なのだろう。

『これをやれば、ビバルディが楽に弾けるようになるよ』と先生はにっこりした。生徒の立場にあるものは皆ご存知なように、先生のこういう笑顔は、絶対に苦労をする前フリなのだ。

そして、現在の曲はバッハの『2台のバイオリンのための協奏曲』、通称ドッペルの第一楽章/第2バイオリン(鈴木メソード4巻収録)に取り組んでいる。最初は譜読みに四苦八苦していたが、やっと一通り通せるようになった。

まだまだ音程は怪しいけれど、ここまでくるとちょっと気持ちが楽になる。これから注意されることが沢山だろうけれど、弾けるようになれたらかなりカッコイイ曲だから、頑張ろう。
19:48  |  violon  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2008.08.16 (Sat)

ルネッサンス

長いことテレビというものを見ていない。
どれくらい長いことかというと、ざっと6年間くらい。

もともとニュースと音楽番組(当時はミュージックステーションとかうたばんとかがやっていた)しか見ていなかったけれど、音楽嗜好が変化したため音楽番組も見なくなり、ニュースをネットで拾うようになった結果、テレビはただ、DVDを再生する為のモニターと貸してしまった。


さて水曜日、お盆に帰省した友人と半年ぶりに再会した。ふとした会話から、ボクのあまりのメディアにたいする無知さが発覚した。
そのあまりの酷さを危惧した友人が、最近テレビを賑わしている人々をいくつかYou Tubeで見せてくれた。

3日前よりちょっぴりお利口さんになったので、自分メモとしてここに書き留めておこう。

・エドはるみ
今思い出そうとしても早口とグーしか思い出せない。

・世界のナベアツ
3を数える時だけアホになるというキャッチコピー。それなりに面白かったが、アホの定義がよく分らない。変な声と顔をすることとアホは違うような気がする。

・髭男爵
ワイングラスでルネッサンス。掛け合い漫才。

他にも幾人か教わった。どの人も少しずつ面白かったが、ボクとしては、髭男爵が面白かった。

テーマ : 日記 ジャンル : 日記

14:59  |  etc.  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2008.07.08 (Tue)

ブラックホール

小学校の2年生の夏、ブラックホールの存在を知った。

本屋に並んだ児童書の表紙に「ブラックホールの恐怖」と言ったようなタイトルが提示されていて、本の紹介文には何でも吸い込む驚異と恐怖について書いてあった。

その不気味なカタカナの文字は、ボクを深く引きつけた。その児童書は作り物のお話で、ボクはその頃から、フィクションとノンフィクションにこだわる理屈っぽい子供だった。だから、そのフィクションの話じゃなくて、本当のブラックホールについて書いてある本を読みたくなった。

読みたい、というより、読まずにいられなかった。ブラックホールをよく調べておかないと、生命の危機かもしれないと思った。

その頃と前後して、写真と絵が沢山載っている子供用の図鑑シリーズのうち、「星」というタイトルの図鑑を買ってもらった。そして、ブラックホールは、今見つかっているところでは、はくちょう座の近くにあるらしいこと、そこはとても遠いので、当面地球人には危険がないことを知ってほっとした。
何しろ光でさえも吸い込んでしまう、無敵の存在なのだから、これはもう近づかないでいるしかないのだ。

ボクはこの星の本を読んで、もう一つ気になることがあった。それは、太陽の寿命だった。地球は太陽のおかげでこうして生き物が生まれて、植物が育ち、それを食べる動物がいて、それを食べる人間がいる。その太陽に寿命があることと、その最後には大爆発を起こして、地球はおろかもっと遠くの星まで巻き込んで、みんな消滅してしまう、という記事だった。

これもまた、うんと先の話だと書いてあったので、とりあえず、ボクが生きているうちにその爆発はなさそうだと考えた。そして子供の頭で、ボクの孫のそのまた子供ぐらいになると、もう危ないかもしれない・・・と考えて、その子供達が可哀想だと本気で思った。


それが理由というわけじゃないだろうけれど、今でもボクに子供はいない。そして、今でも子供をもつことを想像すると、この時に考えたことを思い出すのだ。

テーマ : 文明・文化&思想 ジャンル : 学問・文化・芸術

22:19  |  idée  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2008.06.26 (Thu)

出来損ないとしても

この広い世界の、沢山溢れる人間の中に埋もれている、ボクという1人の人間など、とても小さな存在だ。そしてこの世界のどの人間も、同じようにとても小さな存在であり、その小ささにおいてはどんな人間も平等である。

そうした小さなものが集まってこの世界ができているのだから、1人の人間を殺すことは、すべての人間を殺すに値する。
だから、1人を殺す行為も、複数を殺す行為も、その意味合いは等しいように思う。

同様に、もし誰かの存在を軽んじ、ないがしろにしたならば、それは多くの人々を軽んじ、ないがしろにしていることになる。


ボクもまた、人並みに他者を憎むし、羨む。そうした気持ちがボクの中にどうしようもなく沸き起こる時には、その憎い他者はボクでもある。人間である他者を真っ向から否定するなら、同じく人間であるボクは、自分を否定することになる。


自分を信じること、他者を信じること、ひいては人間を信じること。・・・それができないくらい犯罪の渦巻くこの世界。

なんて矛盾!

人間って出来損ないなんだろうか?
そうだとしても、出来損ないでも消滅できないのだから、彷徨いながらも向きあいたい。

テーマ : 文明・文化&思想 ジャンル : 学問・文化・芸術

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2008.06.24 (Tue)

歌の導き

現在レッスンで使用している教本『プレ・インベンション』は、バロック時代の曲集であるから、奏法もバロック奏法となる。

バロック奏法といっても、ボクが把握しているのは、次の2点だけだ。

・左手と右手それぞれにテーマがあり、交互にメロディを繋いで弾いていく。テーマを弾いている時、もう片方の手は伴奏として弾くことを意識する。

・スタッカートは音を切って弾く記号である。現代音楽のスタッカートのように、鋭く短く弾くのではない。

どちらもとても難しいが、今難儀しているのはスタッカートだ。次の音までギリギリ待ちつつ、切って弾こうと意識すると、何だか重たいメロディになってしまうのだ。

このスタッカートの奏法は、その時代の楽器に由来するのではないかと思う。バッハらが活躍した当時、まだピアノは無く、チェンバロやオルガンが主流であったからだ。


ところで、先生に指導を受けている時、先生が横で歌ってくれるので、その歌声を表現するように弾くと、出したい音に多少なりとも近づけるような気がする。バイオリンの先生も、弾けない箇所はまず歌わせるし、歌を意識することは、楽器を演奏する上では重用なのかもしれない。

すると、声というのは、最高の表現力を持っているということになるのだろうか。

自分の一部である声を楽器とする手段と、楽器という自分以外の対象を扱う手段では、人の内界における在り様はかなり違いそうだ。

テーマ : 音楽 ジャンル : 学問・文化・芸術

09:00  |  piano  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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