2008.06.08 (Sun)
音楽

先日、友人がチェンバロでバッハの曲を演奏してくれた。
それを聞きながら、音楽を聞く意義について改めて考えた。音楽というのは、楽器(ここでは鍵盤楽器)の奏でる音そのものの美しさが第一の要因、拍によってもたらされる緊張感や安堵感が2つ目の要因、と思った。
楽器の音それそのものの美しさ。しかしそれだけでは我々は満足しない。組み合わせ、メロディを作り、そこに音“色”を載せていく。遙か昔、誰がこんなことを思いついたのだろう?それは神の存在を持ち出して語る程の素晴らしい思いつきだ。
小さな子供が、心の興奮を内側に封じ込められず泣いたり叫んだりする。それに近い衝動もまた、音楽を聴き、奏でることで解放されていく。
ある1つの曲は、ある作曲家自身の投影だが、その投影を別の誰かが聞いたり奏でたりすることで、作曲家と聞き手、奏者との間に共有される意識が発生する。
ボクはまだエチュードを中心とした簡単な曲しか弾いていないけれど、作曲家達がどんな思いでその曲を書いたのか、考えながら弾きたいと思う。

それにしてもチェンバロという楽器は、音色も姿も美しい・・・その音色の美しさは、魂を浮遊させる力がある。
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